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介護保険優先じゃないの?

「10月30日(金)、参院厚労員会で共産党の小池議員が65歳問題に触れ「障害者が65 歳に
なった途端、それまで使っていた障害福祉の給
付が打ち切られる、訪問支援の支給量が減って
しまうなどなど、問題は起きています」と具体
例を挙げて、支援法の7条の問題点と厚労省が
これまで自治体にだしてきた通知(個々の障害
者に応じた適切な支援サービスの支給)が実施
されてないことを指摘、改善を求めました。
政府側は答弁で①支援法と介護保険法は、ど
ちらも一般法でどちらが特別法であるという関
係ではい。どちらかが優先する法律ではない。
②自治体が適切な運用をしていない声があるこ
とも認識している。と答えたことに対して、
小池議員はさらに、械的に介護保険法を優先させる背景に、65歳
後に、支援法支給をすると障害区分6の場合、
国庫負担が64歳までと比べて7割も減額して、
結果として介護保険に誘導する仕組みにしてい
る。この基準を撤廃しなさい。*65歳になっ
たとたん利用料の自己負担が大幅に増える。「国
は、自立支援法によって導入した応益負担を
反省したわけです。で、基本合意結んだんです。
低所得者の利用をまず無料にしたわけですね。
応益負担をなくすということを約束した基本合
意が65 歳になるとほごにされるという、こん
なことがあっていいはずないじゃないですか」
と質しました。
塩崎厚労大臣は「65 歳になって急にジャ
ンプをするというのがおかしいんじゃないかと
いう御意見を私も身近に聞いてきている。…、
検討内容については障害者の方も含めて
様々な関係者から意見を聞きながら考えていき
たい」と答えています(以上、10/30 参院記録(未定稿)」を見つけて驚いています。
介護保険を優先すると厚労省は言っていたのでは???
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《死んでも死にきれん 》

 昔(措置の時代)、施設は「子供さんのことは任せなさい」と言われ、曲がりなりにも丸抱えの「安心」と「安全」は確保され、親たちは「よろしくお願いします」と頭を下げた。プライバシーのない集団生活で、人権が守られていたかと言えば疑問符が付く。とはいえ衣食住に困ることはなく、一般社会に比べたら、ずっとあたたかい人間関係があった。親たちは「任せてください」という施設や国にわが子の人生を託した。
 支援費制度になり、国は「いち、抜けた」と措置から契約に仕組みを転換させた。 障害者自立支援法になり、「契約だからね」「重要事項説明書に書かれていること以外は無理だからよく読んでね」「うちの管轄は昼間だけだから、夜間のことは…」「病気になった時のことまでは考えてなかったわ」と昼間の事業と夜間の事業に分かれ、メリハリはできたが、丸抱えの安心は得られなくなり、支援はこまぎれになった。  「利用者」とか「サービス」とか水臭い言葉が氾濫し、その分、心が見えなくなった。対等のはずの契約のサインは施設と家族の間に線を引く。   
 昔の先生と生徒のような関係もいかがなものかと思うが、利用者様への違和感もぬぐえない。親たちはわが子を利用者様に仕立てて大事にしてほしいと言っているのではないのよ。  
 親は、自ら家族を、家庭を作ることのできないわが子に家族を、家庭を作ってやりたいと願う。兄弟のような仲間と家族のような思いで接してくれる支援員に囲まれた家庭(施設等)で暮らすわが子を夢見る。  長い人生の中で、多感で元気な時はグループホームのようなところで暮らすのも悪くない。できる仕事があれば働くことも経験させてやりたい。そこには実家の両親のような休みの日には帰って行けたり、相談できたりする人と場所がほしい。年老いたらゆっくり暮らせて兄弟のような仲間と家族のような思いの支援員に囲まれて「いい人生だった」と幕を閉じてほしい。  
 そんな思いを親よりも熱く持って取り組む心強い施設も増えてきている。「何十年も施設で暮らしてきた身寄りのない○○さんを今さら老人施設に移せるか」と住みやすい高齢者棟を作ったり、病院との連携を模索したり工夫を凝らしている施設をいくつも知っている。たん吸引の資格を多くの職員に取らせる決意をした施設長もいる。親子で入れるお墓を作った施設もある。若い人たちにはピンと来ないかもしれないがわが子の死後まで気になるのが親のさがなのだ。  
 今の人たちは様々な支援をうまく使い生き生きと暮らす人から、旧態然とした没個性の暮らしを強いられている人まで施設間格差が出て来たように思う。  サポート誌に毎月紹介される夢あふれる暮らしがどこでも誰でもできるようになることを期待しつつ、エールを送りたい。  
 わが子たちの支援に携わる方々に、利用者のことを自分の子どもや両親に接するような心で接してやってください。
一筋縄ではいかない、個性の強い子たちですが。

南波 孝子

千葉での痛ましい事件、事務局に寄せられる様ざまな立証
できない虐待事件に心が痛みます。
 知的障害を持つわが子らは、誰かの支援を受けなければ
生きていけません。特に入所施設を利用している子らは、
家庭支援ができず泣く泣く入所を選択した者、その成長を
期待し希望を託した者などその思いは様々です。さらには、
施設が自ら家族を作ることのできないわが子らの「家族」
「家庭」「故郷」になることを願っています。
そのような願いもむなしく全国で多発する虐待事件に胸を
痛めております。さらにこのたびの事件は言葉では表現で
きない怒り、悔しさ、嘆きでいっぱいです。
 このような事件が二度と起こらぬよう、声を上げていくこ
とも親・きょうだいの役割だと思います。

ホームページ

★月1回、ホームページの更新に有償ボランティアが来てくれています。その彼が「ブログを書かないから広告が入ってしまうんよ。なんでもいいから書いてください」と言われるのですが…後回しにしている間に日がたってたしまいます。彼が来る日は肩身が狭い

★よくもまあ、こんなにと思うほど、次々に仕事が湧いてきます。とにかく目の前にある期限のある仕事をこなしている間に、また1年が過ぎようとしています。

★今夜は「NPO法人成年後見こうべかぞくねっときずな」の理事会です。
1昨年、知的障害を持つ人専門のNPOを立ち上げました。法人後見をする中で、旅行の好きな人には旅行計画を一緒に立ててガイドヘルパーとともに旅行に行ってもらいました。
身寄りがない高齢の方は目が不自由になり、足も弱り歩けなくなって施設が対応できなり、高齢者施設を探して移転のお手伝いをしました。
NPOのメンバーは報酬もなく意気込みだけで動いています。
視覚障碍者に白状がいるように、足の悪い人に車いすがいるように知的障害者には成年後見人がいります。
それらの費用を本人が負担できない人は国が持ってほしいと、心も時間もお金も出して活動している仲間をみてつくづくと思います。

ロールペーパーをはずしてしまう知的障害施設

昨日、「ロールペーパーをはずしてしまう知的障害施設」
宗澤忠雄氏の文章を読んだ方が訪ねてこられました。

上品なご婦人でしたが、その方の娘さんの施設が最近
ロールペーパーをはずしてしまい、用を足すときには職員
にペーパーをもらいに行く方式になったそうです。
もちろん理由はペーパーを詰まらせる人がいるから。
施設に抗議して娘さんはお部屋にペーパーを置くことになっ
たそうです。他の人たちは改善された訳ではないそうです。

そういうことが人権侵害になるって発想ができなくても
「自分がされていやなことは、人にしてはいけません」って
子供のころにお母さんに教えてもらわなかったかな?
支援のプロとしての知識や技能はなくても、せめて「自分だっ
たらこうしてほしい」と思う支援をしてくれればいいのに…
と≪怒≫です。

全国で一体どれくらいこんな施設があるのでしょうか。
全部インターネットで公表してやりたい気分です。


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